2015.05.10.(月)

夕方5:30頃は,まだ,夕日がある.

夕方でないと,お会いできない方を,訪問.

途中,車内から,田んぼに水を入れて“しろかき”をする様子が,

あちらこちらで見られる.

農家は,今,繁忙期だ.



なぜ,米を作り続けるのか.

訪問先で,お聞きした言葉を思い出す.

米に合った土地柄だから,米作の伝統が根付いている のであって,

秋田が,昔から米どころであるのは,そのためだ.

農業生産は,天候や耕作地の地面の性質などの要素が, 支配的な要因となっている.

新たな転作作物の可能性を見つけることは容易ではなく,

また可能性を見つけたとしても, 生育条件を考えて,

生産物として出荷できるもので あるかどうかが分かるまでには,年月を要する.

転作の取り組みは,簡単ではない. 工業生産のようなわけにいかないと言う.

昨年,生産者米価が大きく採算を割れをしている.

それでも,今年も米を作り続けている理由がそこにある.

そのように言っていたことを思い出す.



人口の9割が農村部に住んでいる.

外国産の米を輸入してでも,即ち9割を飢えさせてでも,

実現しなければならないことがあるとすれば,それは何か理由があるはずでは.

国レベルで食料の自給率が下がると,国レベルの社会経済が 成り立たなくなるという声は,

既に20年も前から聞いていた. そして,静かに経済の衰退傾向が進んでいるように

感じるのは,私だけだろうか.



日曜日のNHKの朝の番組で,こどもの貧困の実態について,

出演者から,たまごかけご飯しか食べたことがないという 状態のこどもが増えている,

と言う話が聞かれた.

また,現在の教育制度も崩壊しつつあり, 次世代の社会が崩壊しつつあるとも言っている.



現時点でも,既に,ニート状態の青年が 近い将来に100万人に達する可能性も予想される状態の中で,

企業は仕事があっても,働く人を得られないことが原因で,

生産規模の縮小と倒産をする傾向が現れてきていると報告されている.



私は,それらのことを振り返りつつ, 聖書の創世記の御言葉が思い起こされる.

創造主なる神様が,祝福をなさろうと,恵みを注いでいらっしゃる.

しかし,その御手の中で,私たちは, 自らの目に良い見え,欲するところに目を向けて行動し,

その結果として失った自らの"いのち"を立てるために,自らの手で欠乏を補う営みを続けている.

しかし,その営みは欠乏感も増大する.

私たちが,自らの貧しさに立ち返り踏まえ, 即ち原点である創造主なる神様との愛と祝福の交わりへ返り,

神・主の祝福によって全ての必要が満たされることを知るまで,

この試練は続くのかもしれない.



《聖書・申命記 8章2-3節》

2 あなたの神,主が,この四十年の間,

荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない・・・.

3 それで主は,あなたを苦しめ,飢えさせて,

あなたも知らず,あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた.

それは,人はパンだけで生きるのではない,

人は主の口から出るすべてのもので生きる,

ということを,あなたにわからせるためであった.



《聖書・エレミヤ書 29章11節》

11 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ.

――主の御告げ.―― それはわざわいではなくて,平安を与える計画であり,

あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ.



       ← 戻る