2015.06.01.(月)

 傾聴の際に,寄り添う相手に対して「心を開くこと」が,

 大切な要件の一つですが,それについて,

 思いめぐらす時が与えられました.

 寄り添う相手に,こころを開くとは,どのようなことなのでしょうか?

 相手をしっかりと見て,

 いのち豊かな平安をと願い祈る「愛」から

 相手に心を向けて傍に居る姿であると思います.

 その際に私の願いとすることは,

 創造主なる神様との関係が失われている状態から救われて,

 神様の祝福の御言葉「うめよ.増えよ.地を満たせ.」の御言葉が

 現実となることですが.



 また,心を開くことは,相手を見て,相手の言葉を聴き,

 相手の気持ちに目を向けて感じ,

 相手の気持ちを受け入れて共感する(sympathy)姿を伴います.

 更に,相手を見て,相手に言葉で共感していることを伝え,

 それが伝わったのを確認する.

 そのような丁寧なコミュニケーションの姿も伴います.



 また,こころを開くことには,様々な要因による様々な 恐れが伴います.

 その要因の一つに,本人のこころの中に,自分に自信が もてない

 不安状態があります.それは自分が傷つくことを恐れることも伴います.

 では,その不安と恐れはどのようにしたら越える

 ことができるのでしょうか?



 聖書の御言葉によれば「愛」です.

 《聖書・ヨハネ第1の手紙4章18節》

 18 愛には恐れがありません.全き愛は恐れを締め出します.



 またその「愛」は,寄り添う相手と一蓮托生となる様相もあります.

《聖書・ヨハネ第1の手紙4章19節》

 19 私たちは愛しています.神がまず私たちを愛して

 くださったからです.



 神様の愛は,事実性や現実性において裏打ちのある「真」の愛です.

 根拠のある「真」という特徴をもっています.

 また,変わることがありません.

 そして,安心・安全感がその「真」に伴っています.



 寄り添う中で恐れに勝利する営みができますように,

 神様から注がれている愛に目を向けて,

 その勝利の営みをご一緒する歩みを,

 お献げすることをお祈りして求めるはずである

 とも思わされます.  



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